東京都立川市。東京西部のターミナル駅・立川から徒歩すぐ。
織田祐輔(オダユウスケ)さん代表の結婚相談所・JMA立川がある。
日清製粉に定年まで勤め、退職後に前オーナーから引き継いだ。
それまでは特に結婚相談との関わり合いはなかったという。
しかし、オフィスも構え、会員との関係もとても良好だ。
「どうすれば社会の役に立てるか」。それを考えてきたからだろう。
そこで培ったものは「人間関係力」であるという。
社会人経験と熱意を兼ね備えた織田さんにインタビューした。
結婚相談所を始めたきっかけを教えてください。
織田(敬称略。以下、同)
もともと、日清製粉に勤めておりました。これは社会の大きな基盤が、食糧・農業にあると考えたんです。
企業に勤めながらもどうすれば社会の役に立てるかということを考えてきました。
40代からは、地域活動にも積極的に参加してきました。「清瀬ごみともだち」や「社会参加を考える会」などに参加するなかで、
企業社会人と同じように地域社会人としても活動して初めて一人前な気がしております。
その後、結婚相談所へのつながりはどうしてできたんですか?
織田
定年まで勤めまして、その後は地域の為になることをしたいと考えておりました。
そんな時、JMA立川の前オーナーである吉田さんと会う機会があり、後継者を探していらっしゃったんです。
私自身仲人の紹介で結婚したのですが、仕事としての結婚相談所にはなじみがありませんでした。
ただ、これまでの企業と地域での社会人生活で培ってきた人間関係力には自信があったので、
自分が世の中で役に立てる方法かもしれないと思い、始めることにしました。
人間関係力とはどのようなものでしょう?
織田
人の気持ちを読む力ですね。企業勤めの時も、
こじれた人間関係を調整する役をよく頼まれたものです。
ではお仕事をされるなかでのこだわりを教えてください。
織田
結婚相談所に来る方には色んな方がいらっしゃいます。
家庭の問題を抱えていたり、自分に自信がなかったり。
こういうものを解決していい状態で結婚してほしいんです。
だから、人生相談所ともいえるかもしれません。
ただ、大事な判断はご自身でして頂くようにしています。
それは自分で判断しないと自分の人生に責任を持てなくなってしまうからです。
皆さん、成婚していくときは素敵な笑顔になっていますよ。
自分が成長し幸せになっていく場所ですね。
織田さん自身が変わられた部分というのはあるんでしょうか?
織田
ありますね。私は、人はこうあるべきだという主張が強すぎたんです。
しかし、主張には主張で返ってくる。「ためを思って」言っても仇になることもあると知った時は落ち込みましたね。
そんな時友人が、京都に連れて行ってくれたんです。そこで見返り観音という仏像を見ました。
教えを伝えて、後ろを確認しているという像です。そこではっとしました。
一方的に主張するのではなく、しっかり伝わったか確認しないといけないと。そこから人によって伝え方も変わりましたね。
織田さんにとってこのお仕事の醍醐味は何ですか。
織田
会員さんが自分自身を知って、変わって幸せそうな顔になった時やここへ来てよかったと言ってくださったときは嬉しいですね。
お客様にもいろんな悩みを抱えながら、必死の思いで活動しています。
完璧な人間はいません。私達との関わりや、お見合いなどの活動を通して自分を知って変わっていくのです。
ある会員さんは常に親の意見に従っていて、自分で判断できない方でした。
一人目の交際相手との縁談も親御さんの反対で無くなりました。しかし、活動を続けて、ある女性と出会い、変わり始めました。
親の意見に関係なく、自分の意思で結婚する決心をされました。
婚約後に勤める会社が経営不振に陥った際にも、動じず結婚されていきました。
最後に結婚活動をしている方、これからする方にメッセージをお願いします。
織田
結婚に夢を描けない人が増えています。
結婚相談所に入るのであれば、ネットだけで判断するのではなく勇気を持って一歩踏み出してください。
JMA立川では、まず気軽に来てもらうために、見学会を行ったりしております。
私たちと一緒に、目的に向かって活動していきませんか?